スキタイ ゴールド イヤリング


ヴィクトル・ヴァネツォフ スラブ人とスキタイ人の戦い

スキタイ ゴールド イヤリング 実物大
1円玉サイズ ←実物大
ブラウザによって大きさが違いますが、1円玉(直径2cm)を置いてみれば実物との大小の比率が分かります。
「草原の芸術」(ステップ・アート)
スキタイ(推定) ゴールドイヤリング(片方)
紀元前8世紀〜紀元前3世紀
長さ6,3cm 金具を含む
Sold
薄い金の板をたたいて作ったデリケートな作りです。エンシェントジュエリーでは圧倒的に指輪が多く、指輪以外のジュエリーは壊れやすいので、現存する物は極めて少ないのです!

これはピアスではなく、耳にかけて使うイヤリングです。
ロマン溢れるスキタイのゴールドペンダントとして、お使いになることは、どんなに楽しいことか!♪

スキタイ【Skythai, Scythian】 前7世紀から前3世紀まで、黒海北岸の草原地帯に強大な遊牧国家を建設したイラン系の遊牧民族。武器や車馬具を発達させ、動物意匠を愛好した。その文化はユーラシア内陸地帯に広く伝わり、中国などの美術に大きな影響を与えた。【広辞苑】

スキタイ
紀元前6世紀の諸民族と諸スキタイの位置。

スキタイ人 レリーフ
石板に浮き彫りにした斧、弓、槍を持つスキタイの戦士。
ギリシア(?) 紀元前 2-4 世紀 (アルカイック様式)
クルガン ゴールドマン
サカ(スキタイ)の王子の衣装。Issyk Kurgan 出土品
  • 歴史』巻7-64「サカイ、すなわちスキタイは、先が尖ってピンと立ったキュルバシアという帽子を頭にかぶり、ズボンをはき、自国産の弓、短剣、さらにサガリスと呼ばれる双頭の戦斧を携えていた。彼らは“アミュルギオンのスキタイ”なのであるが、ペルシア人がスキタイ人すべてをサカイと呼ぶため、彼らもサカイと呼ばれていた。」 【Wikipediaより】
    ※アミュルギオンとは、ペルシア戦争でペルシア方についた一族。
    ※サカとサカイはスキタイと同意語。

草原の芸術【steppe arts】

スキタイなどのユーラシアの草原に住んでいた遊牧騎馬民族の芸術を総称して「草原の芸術」(ステップ・アート)と読んでいます。

バクトリアもスキタイ人の支配地域だったので、スキタイの黄金が出土します。

中国に近い匈奴など騎馬民族間でも交流があったと考えられ、素晴らしい贈答用の馬具が新羅で作れられ、それらが日本の古墳からも発見されているようです。当然、草原の西に接するギリシャなどとも相互に影響が見られます。

草原を介して、非常に離れた東西の文化の交流があったということですね。

 

エルミタージュ美術館のスキタイの黄金コレクション

スキタイ 金 紋章 盾
スキタイ 金 ジュエリー 鳥

両方とも、前7−6世紀。

上:パンサーのエンブレム(盾の飾りの一部)

右:猛禽類の飾り(裏に輪が取り付けてある)
まるでモダンアートのようなデザインが面白い。

前期スキタイ美術には、素晴らしい動物の金細工があります。

スキタイらしい様式です。

スキタイ 黄金の櫛

後期スキタイ美術は、ギリシアの影響を受けて、人物や動物を写実的に表現したり、パルメット文などが表れます。

左の黄金の櫛は、後期を代表する物で、ギリシア人の職人がスキタイ人の趣味に合うように作ったと考えられます。

ギリシアの神殿を思わせる、整然とした三角形の中にスキタイ人達が自然に配置されています。

前4世紀頃 ソロハ・クルガン

 

バクトリア 金 イヤリング
バクトリア 紀元前1世紀

バクトリアもスキタイが支配した地域で、ギリシャ風の文化を引き継いでいたそうです。

 

 

バクトリア 金

バクトリア 紀元1世紀

ニューヨークでアフガニスタン展が開かれた際の展示品。
スキタイ ゴールド イヤリング
当社の参考品
左のバクトリアの出土品と似ています。
イヤリング又はネックレスの一部


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