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これは18世紀のリバースインタリオ(裏から彫ったインタリオ)ですが、僕は31年間この仕事をやっていますが、これ程美しくエレガントなリバースインタリオを見た事がありません!! とても綺麗なアメジストに若きアレクサンドロス大王を彫ってあるのですが、裏から光りを当てて見ると、これこそ宝石彫刻の傑作と思わず唸ってしまう程の出来映えなのです!♪ 左が表で右が裏ですが、光の当て方でいろいろな表情が出るので見ていて飽きません。それにシードパールのフレームがエレガントな雰囲気に一役立っているのです。皆さんご存じのようにインタリオは写真ではカメオに見えてしまいます。右の画像は本来はインタリオなのですが、写真にすると美しいアメジストのカメオに見えるんですから不思議です! では次ページで 拡大画像をご覧下さい。 《参考-1》 19世紀の水晶のリバースインタリオ スズラン 猫 ※背景はアレクサンドリアのイメージ画像です。 《参考-2》 エジプトのアレクサンドリアは紀元前332年に建設された。アレクサンドロスの死後は、その部下だったプトレマイオス1世がエジプトを支配し、古代エジプト最後の王朝であるプトレマイオス朝の都として発展した。一時は人口100万人を超えたともいわれ、そのため「世界の結び目」と呼ばれた。 古代のアレクサンドリアは世界の七不思議の一つに数えられる巨大なファロス島の大灯台(現カーイト・ベイの要塞)や、各地から詩人や学者たちが集まってきた学術研究所ムーセイオン、文学・歴史・地理学・数学・天文学・医学など世界中のあらゆる分野の書物を集め、70万冊の蔵書を誇りながらも歴史の闇に忽然と消えたアレクサンドリア図書館があり、ヘレニズム時代の商業(地中海貿易)と文化の中心地として栄え、「幾何学原論」で知られる数学者のエウクレイデスや、地球の大きさを正確にはかったアレクサンドリア図書館長エラトステネスなどが活躍した。1世紀には世界最大のディアスポラを擁し、哲学者フィロンらが活躍した。またキリスト教の初期から重要な拠点であり、古代神学の中心地のひとつともなった。ローマ・コンスタンティノポリス・アンティオキア・エルサレムとともに総主教座が置かれ、キリスト教の五本山の1つとなった。 4世紀以降は東ローマ帝国(ビザンティン帝国)により支配される。この時期、アレクサンドリア学派と呼ばれる神学者たちが活躍した。641年にはアラブ人により陥落させられ、イスラム世界に組み込まれた。 アラブ時代には当初東ローマ帝国から切り離されたために経済的に沈滞したが学芸の都として性格は残りつづけ、アラビア科学揺籃の地のひとつとなった。やがて紅海からカイロを経てアレクサンドリアにもたらされたインドの香辛料を求めてヴェネツィアなどイタリア半島の諸都市から商人が訪れるようになると、地中海交易の重要拠点として再び経済的に繁栄した。16世紀にヨーロッパ諸国がアフリカ回りのインド洋航路を開拓するとイタリア諸都市とともに再び衰えを見せ始めるが、19世紀にムハンマド・アリーの近代化改革の一環として輸出商品としてナイル・デルタで綿花が大々的に栽培されるようになるとその積み出し港となり、国際貿易都市としてみたび繁栄を始める。 現在ではエジプト・アラブ共和国の工業や経済の中心地、そして化学産業などが進出し、エジプト屈指の工業都市として発展を続けている。 『フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』 |
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