これは画像を見た瞬間に見る者の心を捕らえる美しい作品だと感じました！
中央のエナメルミニチュール（細密画）はエラトが笛を吹きながら踊り、キューピッドが楽しそうに跳ねているシーンを繊細で優美なエナメルで表現してあります。今に見もメロディーが流れて来るようなファンタジックなエナメルでしょ♪

そしてエナメル・ミニアチュールの魅力を最大限に引き出しているのが、白いエナメルと金細工の透かしの装飾なのです！
僕はエナメル細密画もさることながら、この白いエナメルの透かしと並はずれたハイレベルの彫金に魅力を感じるのです。

優れたアンティークジュエリーほど、一見気づかないところに現代では考えられないような手間を掛け、現代の職人のレベルでは想像もつかないような高度な技術で制作しているものですが、このゴートレの作品も正にそれが当てはまるのです。

裏の画像を見ると一箇所も蝋着けした跡がありません。つまりこの透かしは金の板を糸鋸で挽いてヤスリで完璧に仕上げてあるのです！
だからこれだけ繊細でも100年以上もの年月に耐える強度があるのです。
さらに驚くべきことに、5個づつ連なっている粒金に見える物が粒金ではなくすべて半球状に掘り出してあるのです！！
つまり半球状の厚みのある金の板から彫りだしてある訳で、僕はこんな仕事は見た事も聞いたこともありません！！
この仕事は粒金を着けるよりも格段に手間の掛かる仕事ですから、ゴートレが如何にこの作品に力を注いだかが解ります。

この「ダンスを踊るエラトとキューピッド」は、アールヌーボーの中では異色の作品なのです。
アールヌーボーでエナメルミニチュールを主役にした作品自体希ですし、ロシア風のエレガントな白いエナメルなどは、アールヌーボーのイメージから逸脱したものです。
それに粒金のように見える見事な彫金は、まるで19世紀初期の金細工のようです！
どんな有名なアールヌーボー作家の作品にも類を見ない特徴があるのは、ロシア人（おそらく貴族）の注文で作られた作品だからなのです！！
宮廷のあったペテルスブルグの上流階級の人たちは、フランス風のエレガントなデザインが好みですが、どこかに北国の凛としたものが出るエキゾチックなジュエリーを作らせているのです。

ロシア貴族がゴートレーに注文した作品だからこそのデザインと仕事を感じるのがこの作品の魅力なのです！
ロシアのジュエリーは、フランスの物などと比較しても可成り凝った作りであるのが特徴ですが、「ダンスを踊るエラトとキューピッド」の粒金風の彫金などはロシア人の好みに合わせてやったことだと思いますね。

「さすらいの旅をしたブローチ」
僕はこの作品の白いエナメルのエレガントな透かしに、ロシア革命前のジュエリーに感じるものと同じものを感じたのですが、後でロシアのインポートマークが付いている事を知り、これはRenaissanceに来る運命だったのだと思っています。

このブローチにはロシアのインポートマークが付き、ケースにはドイツ人が経営していたと思われる上海の宝石店の名前が書かれています。
インポートマークは正式に輸入される時にその国のマークが打たれるものですから、ロシアの高級宝石店がゴートレにロシア人好みのデザインのジュエリーを作らせてそれを輸入し、それを購入したロシアの貴族が、1917年の革命の前後に中国に逃れ、それを上海の宝石商に売った・・・。

その後はどういう変遷をたどったかは分かりませんが、最終的には英国人の手に渡りRenaissanceの元に来たという訳です。

だから僕は、単にこの作品自体の魅力だけではなく、革命の嵐に耐え、パリ→ペテルスブルグ→上海→ロンドン→東京と「さすらいの旅をしたブローチ」にロマンを感じるのです。
それにこれだけの長旅をしたにも関わらず完璧な美しい姿で残っているのは、その時その時の持ち主に大切に扱われたからで、それはこのブローチが人の心を引きつける魅力があったからに他ならないと思うのです。

サインドピース（作家物）は、有名というだけでその物の本質的価値以上に高価なプライスになっている場合が多いので、僕は逆に無名の物で優れた物を扱う事をポリシーにしていますが、この
ゴートレーのように当時は高く評価されていたアーティストにもかかわらず、日本では余り知られていない作家の作品は価格も有名作家に比べて格段に安く、内容的には有名作家に勝るとも劣らないのです！こういう作品ならば扱う価値があると僕は思っています。次ページへ続く